nomuran's diary

野村直之のはてな日記(後継ブログ)です

R.Schumann 15: 「悪い作品を普及させてはならない。反対に、全力を

音楽で心得ておくべきこと 15

「悪い作品を普及させてはならない。反対に、全力をもって禁止することに協力しなければならない。」

ちょっと聞くと、なんだか偏屈で、寛大さを欠く頑固爺みたいですが、いわゆる「悪貨が良貨を駆逐する」事態を真剣に憂えているのではないか、と私は思います。

シューマンさんがBBSの書き込み経験があれば、変な書き込み、電波系の参加者はスルーする、相手にしないのが基本、と思われることでしょう。でも、もし、その電波系がメジャーな媒体をのっとり、あるいは自ら発行し、賛同者(信者)から収奪し、他の優れた言説、思想に攻撃をしかけるような事態になっていたら、、と考えると、だんだん、なるほどなるほど、と思えてきたりします。それでも「禁止」まではしないのが自由主義社会というものですが。

IT、プログラミングの世界で、上の文中の「作品」にあてはめるべきものは何でしょうか。
「悪い***を普及させてはならない。」

 ***:ソース
 ***:プログラム

うーん、これはピンときませんね。これらの「作品」は自ら公開されたものでも大量に流通しているし、使用を強制されることも普通は無いので、悪いものは勝手に淘汰されるはずだから。

 ***:プログラミング言語
 ***:開発環境

あー、これなら有りそうです。悪いとわかっていて普及しちゃっているものはあるでしょう。ずっと優れたものの新規参入を阻む存在には、時に、全力で抵抗しても悪くないでしょう。

 ***:キーボード
 ***:IME仮名漢字変換システム)

なんかもそうかもしれません。

文字通りの意味で「悪貨が良貨を駆逐」した典型事例は、江戸時代に政府が金の含有量を減らして水増しして発行した金貨の類です。つまり、安いもの、無料のものが優れたものを市場から駆逐してしまう、という事態を憂えている、といえます。

人々の慣習(convention)、個人の馴れ、思いこみ、などなど、なかなか変わらない、容量の小さな認知資源を占有することに関しては、社会的合意の上での統一が必要なことが本来多いでしょう。

よく引き合いに出される例としては、自動車のハンドル、ウィンカー、アクセル、ブレーキペダルの位置が、製造メーカーの自由に任されていては交通事故が激増するだろうということ(ところで2006年の日本国内の交通事故死者数は6500人をきったそうでGood Newsです。10年前以前は1万人水準が常識でしたから)。また、コピー機のコピーボタンを薄緑色、キャンセルボタンを赤色、と業界で自主的に合意し、取り決めたことも大いに役立っています。

関連してもう1つ考えるべきなのが、特許のこと。
特に、特定企業が、非常に使いやすいユーザ・インタフェースの特許を取得したからといって、後発が特許ライセンスの取得を嫌がるあまり、使いにくいユーザ・インタフェースの製品を出す、という事態にどう対処すべきか。

明らかに不毛なのは、かつて松下電器が、アップルコンピュータが無償公開していたユーザ・インタフェースのアイディアを特許出願し、それを盾にジャストシステムという、はるかに小さい企業をいじめて、自社(=松下)には作るのが不可能だった優れた製品(=一太郎)の出荷差し止めをさせるべく起こした訴訟です。こんなことは絶対に阻止されねばなりません。特許法の精神に完全に反しているばかりか、同じアイディアをめぐってとっくに和解していたマイクロソフトとアップルの合意のおかげで、コピーボタンの薄緑色と同じくらい共通化され、人類の財産となった統一インタフェースを私物化して不労所得を得ようとしたような行為だからです。


 「悪いアイディアを普及させてはならない」

これは、政府だけでなく、民間企業にとっても、心しておくべき重大な責務ではないでしょうか。

悪いソフトを抱き合わせ商法で普及させ、優れたソフトを絶滅においやるようなことにも警戒の眼を光らせておくべきでしょう。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20061106/252617/