nomuran's diary

野村直之のはてな日記(後継ブログ)です

R.Schumann 12: 「・・流行歌を演奏してはならない。時間は貴重だ。

音楽で心得ておくべきこと 12

「大きくなったら流行歌を演奏してはならない。時間は貴重だ。現にある良い曲だけを全部知ろうと思っても百人分の長生きをしなければならない。」(R.シューマン)


これは少し驚きです。なぜなら、当時現役の名作曲家で、自分自身、新作を作り続けていたシューマンが、「現にある曲だけで(勉強対象としては)良い」と言っているようであり、クラシック音楽って、昔からクラシック指向だったの??と訝しがられるような科白にも聞こえるからであります。

流行歌、って何でしょう。昭和時代、いわゆる歌謡曲のためのTV番組枠が多数あり、流行歌というジャンルを支えていました。ビートルズを「流行歌」といってさげすんでいた人のいた時代もありましたが、中学校の音楽の教科書に登場するに至って、さすがに、「不良の音楽」というレッテルは根絶したかにみえます。P.マッカートニーの珠玉のメロディと、メッセージ性に富んだJ.レノンの一部の歌は、人類が続く限り、未来永劫口ずさまれていくことでしょう。

これらは、シューマンさんの言うところの「流行歌」じゃないはずです。
後出しじゃんけんみたいですが、きっと流行歌とは、あっという間に流行るけどすぐに廃れる曲のこと。My Shalona以外のNnackの曲とか(My Shalonaだって、あの独特のエレキのリズム以外は耳に残る要素は無いでしょう。楽譜しか残せない状況となったら忘れ去られることでしょう)、M.ジャクソンの多くの曲とかは、ビートルズカーペンターズビリー・ジョエルなどと違って、急速に忘れられていくことでしょう。

で、Popsのギターやピアノ、ドラムを学ぶ若人が「コピー」して勉強になりまくる曲は何でしょうか? と考えると、なるほど、上記の意味での流行歌以外ではないか、と思われます。


「百人分の長生き」これは強烈です。10万曲の勉強をしなければならないとしたら、1万歳になる必要があるかもしれません。でも、実際上、ある楽器に絞った場合は、「10人分の長生き」くらいで良さそうな気がします。

現に、2006年のBPOジルベスター・コンサートでモーツァルトの二短調ピアノ協奏曲(20番)を演奏する内田光子さんは、「自分のやりたいピアノ曲を厳選すると、ちょうど996年間位、生きなければならなくなる」と言って、向こう5年間のコンサート予定がびっしり詰まっている彼女らしいコメントをしておられました。

作品の演奏家、というキャリアを選んだ人間は、これくらい真剣に、時間を大切に、密度の濃い人生を生きるようにすべきなのでありましょう。


今回は、ITについてはちょっとだけ。
IT分野、プログラミングにおける流行歌って何だろう。Web上のPush technology、音声認識、文字認識対応入力デバイス、などなど、定期的にブームになる技術が連想されたりはします。これらの派手なアプリにとびつくよりは、一見地道なアルゴリズム理論、データ構造の勉強をしっかりやっておきなさい、ということかもしれません。

かつての悪夢のようなニューラルネット・ブームのように、数学的に(指数関数オーダー以上の学習時間がかかるなど)実用規模にスケール・アップしないことが20年前に証明されていたにも関わらず、ハードが早くなったから皆が飛びついたということもありました。ブームになる以前の方が、本質的、実質の進歩が大きかったということもあります。

常温核融合、などなどの似非科学も「悪しき流行歌」のアナロジーに値するかもしれません。

プログラミング言語の流行とかは、、また別の機会に考えてみたいと思います。

(野村直之@メタデータ